躁転直下の言語録

或る人間のひとりごと

すべて後の祭り

きのうデパスをODしてしまい死んだように眠っていました。後悔先に立たず、後の祭りですね。

後の祭りというのが今回のブログのお題なのですがなかなか難しいのぶつけてくるなあ。私の人生後がないんです。26歳にして職はなくたまにある日雇いのバイトでお小遣いゲットしてすべてたばこ代に消える日々。いつ、この祭りは終わるんでしょうか。そもそも祭りなどと言える人生なのだろうか。後悔のないようにするのはどんなに頑張っても無理だと思うので、その後悔の分量をできるだけ減らしたいです。

と言いながら悪いことはたいていやってきました。悪いことは悪いのでここには書けません、が、それらをやって良かったのか?悪かったのか?私には判断がつきません。後悔はちょっとだけした。そのことについてはいつか書くかもしれないし書かないかもしれない。

私の人生における祭りは、2016年に躁転して東京へ繰り出したことでしょうか。歌舞伎町はたいへん華やかでした。住んでいた高円寺もニッチで楽しかったです。しかし、当時現地で付き合ってた男の他に別の男を作るなどし、後片付けが大変で、また、チンピラスカウトに「俺の紹介した店で働かないとどうなるか分かってるんだろうな」などと脅迫されており、それらをすべて清算するために実家のある大阪に帰ってきた次第です。帰阪する際はもう躁状態は終わっており、じんわりとした鬱の中を夜行バスで走り抜けました。

さて、その祭りの後始末が思ったより大変でした。何しろ大阪と東京、引っ越し屋さんに頼めるほどモノも置いてないボロ部屋で、ヤマトから段ボールをいくつか買って宅配便で送ってもらうという手段をとりました。引っ越し祝いに買った2万円くらいの冷蔵庫は2千円くらいで売られてゆきました。

派手に祭りをするときは、後片付けのことも考えてやらねばなりませんし、私のように躁転して何かを始めるというのもよくないことです。

書いていてあの頃の苦労が身に染みてきたので、今回はここまで。